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社長のブログ

  PCと将棋棋士の対局(追記6) 00000010 2012年02月21日 北村拓郎

 さる1月14日に、将棋連盟会長の米長邦雄永世棋聖とボンクラーズという将棋ソフト(複数のコンピュータから構成されたサーバー上のソフト)が、公開で対戦し、コンピュータが、勝利した。
 最近は、パソコンの市販の将棋ソフトでも、アマのトップクラスの実力があるといわれている。

 このニュースには、いろいろなことを考えさせられる。

・コンピュータは、囲碁/将棋(一般にゲーム)で、人間(特にプロ棋士)を凌駕する実力を持つようになるだろうか?
・コンピュータの実力が、プロ棋士と対等あるいは、凌駕すると、職業としてのプロ棋士の役割にどのような変化が起きるだろうか?
・囲碁/将棋は、考える力に加えて、経験と感性(ひらめき)が必要な高度な知的ゲームである。ビジネスや日常活動で、コンピュータの同様の応用分野があるだろうか?
・人間とコンピュータの違いは、何だろうか?

 以上のような点について、以下で、おいおいと、考えてみたい。

 北村 拓郎 平成24年2月 


  ゲームの種類 00000010 2012年02月22日 北村拓郎

 知的で、普及していて、奥の深い面白いゲームとして、つぎの5つがある。

 ・囲碁
 ・将棋
 ・チェス
 ・マージャン
 ・コントラクトブリッジ

 これらは、あらかじめ定められたルールに従い、2人〜4人によるプレイを行い、勝敗を競うものである。いずれも、有限の手数で、ゲームの勝敗が決まる(したがって、一定の時間内に勝敗が決まる)。有限の手数ということは、最善手(複数かもしれないが)存在するということであり、すべての場合を調べて、最善手を求めることができる。ただし、時間と必要メモリの数が、天文学的になり、実際上は容易ではない。
 
 囲碁と将棋とチェスでは、初手を含むすべての局面で、最善手が存在しており(ひとつとは限らないが)、偶然性をルールの前提としていない(プレイヤーのミスや未熟なことにより、勝敗が決まることも多いが)。
 
 マージャンでは、配牌などに、偶然性があり、確率をルールの前提としている。
 コントラクトブリッジも配られたカードに偶然性があり、確率をルールを前提としている。
 
 これらのゲームでは、プレイヤーの実力には、上には上があり、実力向上を目指して一生をかけるプロのプレイヤーが存在する。コンピュータソフトは、これらのゲームにおいて、人間のプレイヤーに代わって、プレイすることができる。はたして、コンピュータは、どの程度の実力であろうか?

 囲碁では、コンピュータソフトの実力は、現状では、プロ棋士の域に程遠い。
 将棋では、プロ棋士を凌駕するとは、いえないが、アマのトップクラスに、並んでいて、プロ棋士に近い。チェスでは、以前に、コンピュータソフトが、世界チャンピオンを 破ったことが報じられた。
 マージャンとコントラクトブリッジでもいろいろなプレイソフトが、流通している。

  北村 拓郎 平成25年4月
 

 

 


  将棋ソフトの現状と今後 00000010 2012年02月24日 北村拓郎

 将棋ソフトの現状と今後について、報じられている情報から推察して、述べてみたい。
 囲碁や将棋は、有限の手数で、終了するゲームであるから、理論的には、すべてのゲームのパターンを数え尽くすことができる。もし、数えつくすことができれば、局面ごとの最善手を探すことができる(初手からの局面も含めて)。しかし、このパターンの数が天文学的数字で、あまりにも大きいので、現状のコンピュータとソフトでは、実際問題として、数え尽くすことはできない。プロ棋士といえども数え尽くして(すべての先の手を読み尽くして)着手することは、できない。

 現状の将棋ソフトでは、過去の人間による将棋パターン(実際の対局や、定跡など)のデータベースを備えて、多くの変化手番ごとに、優劣を評価するアルゴリズムによって、着手を定めている(さらに、モンテカルロ法を取り入れ、人間のプレイに近いように、着手に変化をつけている)。これは、一般的な手法でいえば、発見的プログラムとよばれ、できるだけ多くのパターンの試行錯誤を繰り返し試す手法で、最善手は、求められないとしても、アルゴリズムによって、最善手に近づく手法である。最善手との近さは、データベースの大きさや充実度、試行錯誤できる手数の多さ、アルゴリズムの適切さなどに依存する。
 
 これらは、コンピュータの性能に(一定時間内で処理できる)依存し、ソフト作成の技術に大きく左右される。現状では、これらに関して、機械は、プロ棋士に並ぶ実力を持つにいたった(少なくともアマのトップレベルを超える実力)といえる。

 つぎに、将棋ソフトの今後の実力向上について、考えてみよう。
 
 現状と同じ手法を続けるならば、将棋ソフトは、プロ棋士を凌駕する実力をを持つことは、できないであろう(ミスのないこと、終盤の強さなどの特徴はあっても)。なぜならば、現状のデータベースとアルゴリズムは、推察するに、いかにして、プロ棋士を真似るかということに過ぎず、凌駕する手法では、ないからである。いわば、プロ棋士を超える創造的な手を打つことができない。

 プロ棋士を凌駕する可能性のある手法としては、つぎのふたつのことが考えられる。

 第一は、コンピュータの性能が飛躍的に向上して、一定時間内に、すべてのゲームのパターンを数え尽くすことができることになることである。このためには、コンピュータの性能を飛躍的に向上させるなんらかのブレークスルーが必要である。

 第二は、コンピュータとソフトが、人間の脳のように、学習することが、できるようになることである。いまでも、部分的には学習する機能をもたすことができるが、部分的なことに限られている。これを大々的にして、さらには、学習した結果を機械同士で、有効に利用することにより、プロ棋士集団を凌駕する機械システムを作ることである(24時間稼動で、世界中のコンピュータが協同するなど)。しかし、この場合もなんらかのブレークスルーが必要で、現在の延長線上では、人間の脳と同じように学習するコンピュータは、いまのところ、視野に入ってこない。

 北村 拓郎 平成24年2月





 
 


  将棋ソフトの影響 00000010 2012年02月25日 北村拓郎

 将棋ソフトが、プロ棋士と同じレベルの実力を備えたとしたとき、将棋界にどのような影響を及ぼすであろうか?

 将棋ソフトは、プロ・アマを問わず、人それぞれの練習相手として、あるいは、将棋の研究用として、活用されるとしても、現在の将棋界のあり方に、大きな変化を与えないと思われる。プロや、アマの棋戦は、同じように行われ、プロの指導も同じように行われ、アマの将棋の楽しみ方も変わりはないであろう(将棋の楽しみ方に、ネット対局も含めて、自宅での機械との対局が加わり、将棋道場・碁会所などのビジネスが縮小するが)。

 将棋ソフトが、プロ棋士を凌駕する実力を備えたとき(その可能性は今はわからないが)、将棋界に大きな影響を及ぼすと思われる。

 その影響は、つぎの二つのケースで、異なる。ひとつは、将棋ソフトが、すべての変化を読み取って、最善手を指すことができるようになった場合であり、もうひとつは、将棋ソフトが、学習能力をつけて、プロ棋士のレベルを凌駕する場合とである。

 前者のケースでは、将棋ソフトは、最善手を指すことができるので、プロ棋士も含めて、すべての人は、将棋ソフトに、将棋を教わることができる。とくに、プロ棋士の棋力の向上は、将棋ソフトに教わることが有効になり、将棋界のありかたに、かなり、影響を及ぼすであろう(プロ棋士の棋力の向上のための研究は、主にコンピューターに教わることになると、かなり、味気ない話になる)。

 後者のケースでは、将棋ソフトは、最善手をさせるとは限らないが、学習能力をみがいて、多くの場合、プロのトップ棋士に、勝つことができる。将棋ソフトのレベルを目指して、プロ将棋界は、将棋ソフトとチャンピオンを争い、多くの場合、将棋ソフトがチャンピオンとなり、ときどき、天才が現れて将棋ソフトを破りチャンピオンとなり、将棋ソフトも学習して、さらに強くなり、将棋ソフトがチャンピオンとなり、これを繰り返して、将棋界のレベルが、上がっていくこととなろう。
 将棋ソフトも、人間に混じってプレイし、将棋界のありかたが、変わるであろう。

 北村 拓郎 平成24年2月


  他の分野に対する影響 00000010 2012年02月27日 北村拓郎

 将棋ソフトの今回の成果から、他の分野にどのような影響を与えるかについて、考えてみよう。

 まず、同じようなゲームの分野(とくに囲碁、チェスなど)では、同じようなことがいえる。囲碁ソフトでも、最近は、実力が、向上し、市販のパソコンソフトでもアマの4段の実力があるようである。おそらく近いうちに、さらに実力を上げるであろう。
 
 その延長線上で考えると将棋ソフトと同じような展開が予想される。囲碁ソフトが最善手を打つことができるようになるかどうか、学習機能を持つことができるかどうかは、今のところわからないが、将棋ソフトと同じような事情であろう。

 囲碁・将棋棋士は、高度な知的能力を必要とする職業である。囲碁・将棋棋士はその知的能力の向上に、一生をかける。

 多くの職業は高度の知的能力を必要とする専門職である。農業、漁業、弁護士、医師、会計士、労務士、学者、研究者などなど。現代の分業体制では、すべての職業は高度な知的能力と経験を必要とする専門職(もちは、餅屋)と考えられる。
 
 これらは、各人が高度の専門知識と経験を必要とするとともに、各人は、それぞれの業界に属し、業界での知的レベル、専門レベルが時代とともに、変化する(一般的には向上する)。

 業界での知的レベル、専門レベルの向上に、業界向けのITソフトが将棋ソフトと同じように、役立つことが考えられる。おそらく、現在でも、業界向けのソフトが多く活用されており、ますますそのレベルは向上するであろうが、格段のコンピュータの性能向上と学習機能の獲得が、大きく業界事情を変える要素となるかもしれない(いまは、わからないがブレークスルーが起きて)。これは、その時代のもっともすぐれた人の持つ職業上の経験や勘を一般の専門家が、容易に習得できるレベルに平均化する手法でもある。そして、時代は変化し(ゲームとは違ってルールや前提や環境も変化する)、そのときのソフトでは、解決できない、あらたな課題が現れる。この解決は、ソフトの改良、新たなソフトの開発も含めて、人間にゆだねられる。

 北村 拓郎 平成25年4月

 


  コンピュータと人間の違い 00000010 2012年02月28日 北村拓郎

 将棋ソフトの例でみたように、従来は考えられなかったプロ棋士の実力に近いソフトが出現した。他の分野においても同じようなソフトが現れる可能性が考えられる。すなわち、それぞれの分野でもっともすぐれた専門家と呼ばれる人に、匹敵する知識や、技量を持つソフトが出現する可能性がある。

 IT技術の進歩が今後も続いて、このようなソフトが、多くの分野で現れたとして、これらのソフトと人間との違いは、何であろうか?

 ・コンピュータにしろ、ソフトにしろ、工業製品であり、人工物である。従って、設計者あるいは、設計者集団がいる。設計者が、機器のすべての動きを把握している。人間あるいは、人間集団が、製品を作り出し、その逆ではない。

 ・IT(ソフト)は、あくまでも人間にとっては道具の一種に過ぎず、活用するのは人間である。したがって、それを生かすも殺すも人間(あるいは人間集団)である。

 ・IT(ソフト)には、前提(適用が有効な範囲)があり、前提を定めるのは人間であり、人間による前提の吟味が、IT(ソフト)の作成、活用のいろいろな場面で欠かせない。

 
 北村 拓郎 平成24年2月 


  人間存在についての考察 00000010 2013年04月23日 北村拓郎

 将棋ソフト、囲碁ソフト、さまざまの業務ソフトの進歩の余地がまだまだあり、いまのところ、コンピュータが無限を窮めることができないと思われますので、単純に考えても、すべての知的能力で、コンピュータが人間を超えることはなさそうです。
 しかし、コンピュータが、ますます、知的能力を高めた遠い将来で、人間存在とはどういうものであるのかについて、考えてみましょう。

人間は、理性と感情(感性)を備えています。コンピュータの理性は、遠い将来人間と同等(あるいは、部分的に人間を超えるかもしれません)。しかし、コンピュータは、感情(感性)を持ちません。なぜなら、コンピュータに、人間と同じような感情(感性)を持たせることは、意味がないからです(犬の品種改良を行って、人間にすることは、たとえ技術的にできたとしても、社会的には意味がないからです)。

 従って、コンピュータは、いつまでも、人間の道具として、位置づけられるでしょう。つまり、人間と同じような主体性と責任を問われる人権は、持たないでしょう。

平成26年1月
 北村 拓郎

   



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